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今回はちょっとテーマから外れて。

今朝のめざまし土曜日で今、表参道で有名クリエーターのノート展を紹介しているコーナーがあった。そのノート展の他にもドラフトで注目を浴びた菊池雄星クンのノートや、バレーボールの大山加奈、東国原知事のノートやノートに対する想いを紹介していた。

思えば、ノートはあまりつけなくなってきたと感じる。特にPCを使うようになってからは顕著だ。

仕事でつけるノートはスケジュール帳が大半。スケジュール以外では会議の議事の確認のためにノートを取るぐらいか。議事録を自分で起こすにしても、他人が起こした内容を確認するにしてもノートは大変重要だ。社内でも大事なのだから、取引先との打ち合わせの際はなおさらだ。

あとからノートを見直すことで記憶が甦り、ノートに記さなかったその場の雰囲気や文字に表せないニュアンスなども思い返せる。

最近、政治家の取材の際に、ICレコーダーを並べて取材をしている光景を見かける。おそらく取材後にテープ起こしをして記事にするのであろう。

人間の脳って極めてアナログで、記憶をする際、自分で書き込んだ方がよく覚えるという経験は誰にでもあるだろう。実際、ワープロやメールを使うようになって漢字を忘れるようになったという話はよく聞くし、自分にも経験がある。自分の手で書くことで、脳の記憶や考えをする機能が刺激されるのだろう。

そんなことを考えるとICレコーダーからテープ起こしばかりしていると記者もスキルが落ちていくのではないかと感じてしまう。手書きで取材している間は手と頭をフル稼働させてるわけで、ICレコーダーをかざしているだけとは脳の使い方が違う。そんなだから最近の記者のレベルが下がってしまっているのではないかと勘繰ってしまう。

ひるがえって自分。

一人旅のときは出来るだけ日記のようなものをつけるようにしている。ラオスなんかに旅行すると、目的地へのバスが二日後とかいう場合も多い。そんなときは時間を過ごすことが目的となる日が出てくる。主に本を読んだり、散歩したりして過ごすが(ラオスの田舎は何もないので)、それでも時間を持て余し、色々なことを考えることもある。そんな想いも含めて一日やその時あった出来事をノートにとっておくと、後から読み返したとき、その時の想いとともに風景までが鮮明に思い返すことも出来る。

日記をつけるのは苦手な人も、旅行の際はノート片手に旅をすることを奨める。

朝のほんの数分のテレビの番組だったが、そんなことを考えてみたりもした。



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